2014年1月11日 (土)

ヴェデルニコフのロシア・プロ

2014年1月11日(日) 第1772回N響定期公演

グラズノフ:演奏会用ワルツ 第1番 作品47
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
(ヴァイオリン:ジェニファー・コー)
チャイコフスキー:バレエ音楽「眠りの森の美女」 作品66(抜粋)

指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ

この人の実演は初めてかもしれない。ボリショイ劇場の音楽監督だっただけあって、聴き手の心をくすぐるような演出がとてもうまい。グラズノフの冒頭から匂い立つような音色で、ロシアの劇場の華やかな雰囲気を思い出す。ジェニファー・コーはシカゴ出身の韓国系アメリカ人のヴァイオリニスト。中低音域のやさしいふくらみをもった音で、じっくりと歌わせるとなかなか。全体的にスローテンポで聴かせたのは、このヴァイオリニストの持ち味を最良の形で出すためだったと思う。逆に速いテンポのフレーズは音も潤いがなくなってしまうし、左手の精度もいまいち。だから、アンコールで聴かせたバッハのサラバンドの瞑想的な雰囲気は素晴らしかった。眠りの森の美女はまさに劇場指揮者の面目躍如、ドラマを感じさせる音楽運びで、ゴージャスなロシア・バレエの雰囲気をN響定期に持ちこんでくれた。

なんといけしょうさんが産休から復帰していた!ただし担当はイングリッシュ・ホルンではなく、2番のオーボエ。そして契約団員となった黒田英実さん(大ファンなのです)は、本日もスネアやグロッケンシュピールで大活躍。黒田さんの粒のそろったダブル・ストロークを聴くたびに、練習しなきゃな~と思う。

2013年12月 9日 (月)

デュトワ②

NHK交響楽団 第1770回定期演奏会
2013年12月6日@NHKホール

指揮:シャルル・デュトワ

プーランク:グロリア

ソプラノ:エリン・ウォール
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)

ベルリオーズ・テ・デウム

テノール:ジョゼフ・カイザー
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨山恭平)
    国立音楽大学(合唱指揮:大谷研二)
    NHK東京児童合唱団(合唱指揮:大谷研二)
オルガン:勝山雅世

合唱入りの作品にはあまり詳しくない僕にとっては、初体験の2曲。プーランクは宗教曲なんだけどフランス近代の香りが漂う1960年の作品。とても面白い。ベルリオーズのテ・デウムは大所帯の合唱が加わる大編成、本来は教会の中でオルガンとオケが対置することが意図されているらしい。ベルリオーズらしい誇大妄想的な曲で、これもなかなか面白いのだが、やはり残響の深い教会の中で聴くべき作品かもしれない。

2013年12月 8日 (日)

デュトワ①

記録として。

NHK交響楽団 第1769回定期演奏会
2013年12月1日@NHKホール

指揮:シャルル・デュトワ

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「カルタ遊び」
リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調
(ピアノ:スティーヴン・ハフ)
ショスタコーヴィチ:交響曲第15番 イ長調 作品141

今年も12月のN響はデュトワ祭り。「カルタ遊び」の実演はゲルギエフ/マリインスキーで聴いたことがあるが、デュトワも色彩的で面白い。ぜひバレエつきで見たくなる曲。リストはやはりアルゲリッチとの録音を思い出してしまうが、ハフがちゃんと見せてくれる。トライアングルを叩いていた黒田さんはソロとトゥッティで棒を取り替えていた!どう違うのかすごく知りたいところ。そしてショスタコ15番、これもゲルギエフでの実演体験があるが、さすがにあそこまでの緊張感はなかったものの、N響の機能性がよく活かされた演奏。パーカス隊大活躍。

ソヒエフ②

記録として。

NHK交響楽団 第1768回定期演奏会
2013年11月20日@サントリーホール

指揮:トゥガン・ソヒエフ

リャードフ:交響詩「魔の泉」作品62
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調 作品129
(ヴァイオリン:諏訪内晶子)
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 作品64

ソヒエフのロシア・プロ第2弾。リャードフの曲はよく知らなかったが、透明感のある美しい曲。まだまだ演奏される機会の少ないショスタコの2番、諏訪内はさすがに暗譜ではなかったが、ロシア的なダークな感覚を打ち出した美しい演奏。いやー、いいヴァイオリニストになった。この曲の実演は以前にブラッハーで聴いたが、あのヴィルトゥオーゾ協奏曲的な頓珍漢なアプローチより、はるかにショスタコの音楽に肉迫していた。チャイコ5番は、期待を何も裏切ることのない大満足の演奏。

ソヒエフ①

記録として。

NHK交響楽団 第1767回定期演奏会
2013年11月15日@NHKホール

指揮:トゥガン・ソヒエフ

ボロディン:交響詩「中央アジアの草原で」
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18
(ピアノ:ボリス・ベレゾフスキー)
プロコフィエフ:交響曲第5番 変ロ長調 作品100

いまが旬の若手指揮者ソヒエフのロシア・プロ。
ラフマニノフのベレゾフスキーがうますぎて圧巻。アンコールもラフマニノフの前奏曲。プロコフィエフも、アドレナリンが出まくるような熱演。

2013年7月14日 (日)

The Feinberg Collection

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「ファインバーグ・コレクション展 江戸絵画の奇跡」@江戸東京博物館

アメリカのコレクター、ファインバーグ夫妻の江戸絵画コレクションの展覧会。プライスさんのように1950年代からの筋金入りではなく、1970年代からという比較的新しいコレクター。それでも、これだけの名品が手に入ることに驚く。狩野派や土佐派の作品はまったくなく、広い意味での町絵師の作品のみ(山雪もあった!)。もちろん浮世絵もなし。谷文晁など素晴らしかった。

最近、少し仕事が忙しくて美術展に足を運びそこねていたが、この展覧会に後期だけしか行けなかったのは失敗だった。やはり日本美術は前期・後期きちんと見ないとだめだ。

20年ぶりの再会

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貴婦人と一角獣展@国立新美術館

パリのクリュニー美術館でこのタピスリーを見たのはたぶん22歳ぐらいのときのことだから、おそらく20年ぶりぐらいの再会。今回は6枚のすべてがひとつの部屋に展示されており、じっくりと見ることができる。とにかく細部が面白いので、時間を忘れて見入ってしまう。貴婦人の衣装や装飾品の描写、そして何よりも、魅力的な小動物たち。その他の展示はこのタピスリーの背景を理解するための関連展示。ひとつの作品を理解するための展覧会という企画は悪くない。

20年の間に僕の知識は増え、また絵を見る目も養われ、たぶん22歳の時には感じられなかったことをたくさん感じられるようになったと思う。歳をとるのは悪いことではない。そして美しいものは変わらずにそこにある。

2013年6月18日 (火)

Afanassiev: Brahms late piano works revisited

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久しぶりにアファナシエフの実演を聴いた。

2013年6月15日(土)
ヴァレリー・アファナシエフ ピアノ・リサイタル@紀尾井ホール

オール・ブラームス・プログラム
7つの幻想曲 作品116
3つの間奏曲 作品117
6つのピアノ曲 作品118
4つのピアノ曲 作品119

これらブラームス晩年のピアノ曲に対するアファナシエフのアプローチは、1992年(作品117~119)および1993年(作品116)のレコーディング(DENON)でよく知られている。極度に遅いテンポの中で、磨き抜かれた音が響く。スローモーションでクリスタルが砕け散っていくようなイメージにとらわれる、実に耽美的かつ瞑想的な解釈だ。

あれから20年、アファナシエフのアプローチは変化したのだろうか?結論から言えば、変化したところもあるし、そうでないところもあった。テンポは全体的に速まり、随所でルバートをかけながら進む感じで、以前の超スローテンポのときのような異様な緊張感はない。しかしながら音の美しさや、ロマンティックな解釈の本質は以前と同じ。コンサートで聴くと、曲集の流れを意識した弾き方をしていることもよくわかる。繊細なフレーズと、重厚に響く和音との連続や対比。すべて暗譜で弾いているのだが、意外とミスタッチも多く、演奏の完璧さよりも音楽の流れや勢いへの没頭を大切にしていると感じた。

ブラームスは作品117を「わたしの苦悩の子守歌たち Wiegenlieder meiner Schmerzen」と呼んだ。これらの晩年のピアノ曲は、人生を閉じようとしている者たちのための子守歌にほかならない。以前のアファナシエフの録音を聴いて、僕は作品117が大好きになった。しかし今回の演奏を聴いて、作品118や作品119も実に深い音楽だと感じた。アファナシエフの中での解釈の深化もあるように思う。

笑顔のないそっけないお辞儀、アンコールなし、というのも以前のアファナシエフと変わらない。終演後にはなんとサイン会があったようだが…。

2013年6月10日 (月)

シモーノのこだわりを聴く

6月のN響A定期(6月8日@NHKホール)。

第1757回 NHK交響楽団定期演奏会

バッハ(エルガー編):幻想曲とフーガ ハ短調 BWV537
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54(ピアノ:ネルソン・ゲルナー)
ホルスト:組曲「惑星」作品32(女声合唱:東京混声合唱団 合唱指揮:水戸博之)

指揮:下野竜也

ヘンタイ選曲家シモーノのプログラムとしては、驚くほど普通な曲が並んでいるように見える。唯一、最初のエルガー編バッハが彼らしい。このエルガー編バッハ、3管編成でハープや打楽器まで加わる、予想通りの装飾過多なアレンジ。オリジナル主義が支配的な現代では「ありえない」、この時代錯誤なバッハに逆に面白さを見いだすのがシモーノのシモーノらしい所以。これを「バッハが現代に生きていたらこうしていたに違いない」というエルガーと同じ素朴な認識のままに受け止めてしまうのは、たぶんちょっと違う。この編曲は、19世紀末に中世の城を再現してしまったノイシュヴァンシュタイン城のような、大まじめな倒錯としてその不思議な美を味わうものなのだ。徹底的にロマンチックな身振りで演出したシモーノの意図を正しく理解したい。

シューマンのコンチェルトは弦が12型という小編成。ゴテゴテのエルガー編バッハと続けて聴いてしまうと、オケの響きの薄さや軽さが際立つ。これは意図的なものなのかもしれないが、さてうまくいったのだろうか?ソリストのゲルナーもあまりバリバリと弾くタイプではなく、むしろ透明感と軽やかさが感じられる。そして結構ルバートをかける。どちらかというとピアニスト主導で音楽がサラサラ流れていく感じで、ひっかかりがない。僕がシューマンの音楽に惹かれるポイントは、穏やかな明るさの中にぱっくりと口を開けた虚無が見えるところなのだが、そういうところがこの演奏にはなかった。薄い響きの中でフワフワして、何が言いたいのかよくわからないまま終わった感じだった。

「惑星」は、火星-金星-水星とアタッカで演奏して、木星の前後で休みをとり、土星-天王星-海王星とまたアタッカで演奏。木星を中心とした対象性を強調することで、この曲集にひとつの統一的な解釈をもたらしている。この解釈だと木星の有名なトリオが全曲の頂点に来ることになるのだが、木星を全体的にゆったりとしたテンポにとり、旋律をよく歌わせているのが印象的だった。大音量で攻撃的な火星や、重厚と静謐が対比される土星、音名象徴が乱舞する天王星など、N響を派手に鳴らしまくる演奏は聴衆受けするものだったが、それよりもこの対称性をベースにした解釈が僕には興味深いものだった。なお、今回のテノール・テューバパートの楽器はユーフォニアム。もちろん悪くはないのだが、火星はやっぱりワグナー・テューバで聴きたいなあ…というのが僕の個人的な希望。

最後まで聴いてみれば、一見普通に見える選曲でも、やっぱり何かたくらんでいるのがシモーノだということ。

2013年5月25日 (土)

「神の国」のかたち

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国宝 大神社展@東京国立博物館 平成館

前期と後期ではかなり入れ替えがあり、見たのは後期展示。前期は熊野速玉大社の古神宝(国宝)が出ていたのだが、まああれは現地で見たことがあるからいいか。さて、工芸品の類がやや苦手な私にとって、面白かったのは絵巻類(春日権現絵巻、松崎天神絵巻)、狩野元信の神馬図絵馬、そしてなんといっても狩野内膳の「豊国祭礼図屏風」。とくに豊国祭礼図屏風は、出ていると思わなかったので不意打ちの出会いとなり、ワクワクしながらじっくりと眺めた。いくら見ても見飽きることのない、桃山美術の頂点のひとつだ。神像類は仏像とは違ってちょっと異様なところがある(それこそが神というものだ)。「神が僧となって出家した姿」とか言われても何が何だかよくわからないが、それも日本文化。

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